夢を叶えることと夢を諦めるタイミングとは。「しなきゃいけない」と思っていませんか? |

夢を叶えることと夢を諦めるタイミングとは。「しなきゃいけない」と思っていませんか?

注目記事

いま追い続けている夢を叶えたい理由

いま、あなたが追い続けている夢はなんですか?

そしてそれになろう、目指そうと思った理由はなんですか?

誰かに向いていると言われたから?

その界隈で活躍している人を目の前にしてあこがれたから?

いずれにせよ最終的に「あなた自身」が「なりたい」「したい」と思ったからだと思います。

夢を追う原動力

夢を追い続けるあなたの原動力はなんだと思いますか?
誰かの応援?

将来のため?

一番の原動力はおそらくそのどちらでもなく「あなた自身」の「なりたい」「したい」と思う強い気持ちだと思います。

夢を諦めるタイミング

願望が義務に変わったとき

唐突ですが、僕にも夢がありました。

それは国語の教師になることでした。

きっかけは友人に勉強を教えたときに「わかりやすい」と言ってもらったことです。

教師になりたいと言ったときも向いていると誰もが言ってくれました。

自分もその気になって、大学に入って教員免許を取るために日々努力していました。

しかし一年ほどたったあるとき気づいたのです。

いつのまにか、「教師になりたい」「教師にならなくてはいけない」

「勉強したい」「勉強しなくてはいけない」に変わっていると。

自分自身の、「教師になって勉強を好きになる人を増やしたい」とか、「わかりやすいと言ってもらいたい」とかいう願望よりも

「友人や教師の期待に応えなきゃ」、「安定した職に就いて親を安心させなきゃ」という責任感のほうが増大し

夢を追うこと、叶えることが「誰かのため」の「義務」に変わっていたのです。

もちろんその責任感と義務感で自分を突き動かすことはできるかもしれません。

でもいずれ、責任感と義務感だけが残って「なりたい」という自分の気持ちがなくなったものになったとしてそれは「夢を叶えた」と言えるでしょうか?

それはただ「夢を叶えてほしいと言う誰かの期待に応えた」に過ぎないのではないでしょうか?

では「自分のため」に「したい」というという気持ちのまま夢を追い続けるにはどうしたらいいと思いますか?

「したい」という願望のまま続けるには

「しなくてもいい」「ならなくてもいい」という気持ちを持つ

以上のことを踏まえると、自分自身の「したい」「なりたい」という願望のまま追い続けることができれば本当に「夢を叶えた」と言えるわけです。

ではそうするためにはどうしたらいいのか?

「しなくてもいい」「ならなくてもいい」という気持ちでやるのです。

ビデオゲーム「スーパーマリオブラザーズ」を例に出しましょう。

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どうしてもクリアできない面があったとして、そして誰かに頼むのはご法度だとしてあなたはどうしますか?

とりあえず諦めて別のゲームをやり始めませんか?

どうせクリアできなくてもどうにかなるわけではないですからね。

「夢」は「スーパーマリオブラザーズ」

ゲームと人生を同列で語るのはどうかとは思いますが、とても似通っていると思います。

マリオにレベルはありません。

それを操作する自分の技術がものを言います。

クリアできないからとりあえず放置して、またふとしたときにやってみると案外すんなりクリアできてしまったり・・・。

あんまり長いこと同じ面をやり続けるとさすがに飽きてしまったり・・・。

夢も同じです。

「クリアしたい」という気持ちは忘れてはいけませんが「いそがば回れ」です。

とりあえず別のことをしてみて、でもやっぱりやりたいなーと思ったときにもういちどトライしてみるのです。

そうすると当初は思いつかなかったやりかたでクリアの糸口が見つかるやもしれません。

なんとなく気になった土管に入ってみたらゴールまでの近道だったりするように。

そしてマリオは何度でもよみがえります。

夢もいくつ持っても構わないのです。

あっちがだめならこっちへと、とりあえず試してみて駄目そうならまた別の方法でそうして最後の一機までなんどでもトライするのです。

過程を楽しめることを

こちらの記事でも少し書きましたが、その夢を叶えるための「過程」を楽しめるものを見つけてください。

スーパーマリオブラザーズだってクリアできなくても試行錯誤するのが醍醐味ですよね。

ああでもないこうでもないと考えて、たまに寄り道するぐらいがちょうど良いんです。

まとめ

「しなくてはならない」という気持ちは捨てて、「しなくてもいいや」という気持ちでいることが夢を追い続け、叶えるための秘訣だと僕は思います。

そうして僕はいま、ブロガーという夢と役者という夢を平行して追っています。

どちらも険しい道のりであることは重々承知の上です。

でも「必ずならなくてはいけない」という気持ちは持っていません。

楽天的、と言われればそうかもしれませんが「なりたい」という気持ちは誰にも負けないと自負しています。

あなたがいまもし、「誰かのため」に「しなくてはならない」と思っているのならこの話を少しでも真摯に受け止め「自分のため」に「したい」と思えるような夢を目指していただけたら幸いです。