人は「幽霊」を怖がるのではない。「一方的な感情の押し付け」を怖がっているのだ |

人は「幽霊」を怖がる理由は「一方的な感情の押し付け」にある

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なぜ幽霊は怖いのか

夏の暑さも少しずつ和らいできた今日この頃。

テレビの心霊特番やらも一通り放送されつくし、そろそろ幽霊について怖がる気持ちも和らいできているのではないでしょうか。

しかしなぜ人は、幽霊に恐怖し泣き、叫び、できれば遭遇したくないと思いながらも心霊番組をついつい観てしまうのでしょう?

僕は、この恐怖の原因は

「怒り」

という幽霊から感じ取る感情からくるものだと考えます。

幽霊が生まれた理由

幽霊について話すとき必ずセットで出てくる言葉が「未練」です。

「不慮の事故」「愛する人との別れ」

幽霊として現れる者のほとんどがこの世になんらかの「未練」を残しています。

そしてこの「未練」を果たすために、近しい人間や事故が起きた場所を通った人間の前に現れ

「うらめしや」と人間に憑いたり呪ったりします。

人間が人間に対して恐ろしいと感じるもの

幽霊については少し置いておいて、生きている人間について話をしましょう。

よく幽霊と同じように怖がる存在として、「ゴキブリ」が挙げられます。

ゴキブリはいつどこからでてくるかわからない、どのような動きをするか予測がつかない、上手く対処する自信がない

という点で幽霊も同じような理由で怖いのだ、ということだそう。

しかしこれにはどうも納得がいかない部分があります。

幽霊はもとは「人」であるから、ゴキブリと同列に考えてはならないところがあるのです。

それが「感情」です。

同じ「人」なのだからおそらく会話ができるだろうと思いますが、

「幽霊は落ちついて話をする気がない」というのが一般的な考え方のようです。

幽霊は「未練」という名の「怒り」負の感情に囚われていて

こちらの言い分を聞こうとしないということでしょう。

だから霊媒師なる専門家がお経を唱えて「でていけ!」と一喝するのだと。

つまり人間は「幽霊」という未知の存在に恐怖しているわけではなく、生きている人間にも共通して存在する

「怒り」という感情に囚われている「ひとりの人間」を怖がっているのだといえます。

負の感情を一方的にぶつけられるストレス

店員が理不尽なクレームに「すみません」と言うのと

幽霊を見た人間が「すみません」と言うのはほとんど同じ理由からです。

とりあえず謝っておけば許してもらえるという気持ち

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早くこのストレスから抜け出したいという気持ち

「怒っている人」というのはとにかく怖い存在だと感じます。

だからこそ、まだ幽霊がどんな存在かもわからない子供でさえ「親に怒られる恐怖」と似たストレスを感じ

幽霊を怖がるのではないかと推測します。

謝っても許してもらえない恐怖

前述の通り、幽霊には話が通じません。

しかしクレーマーにはとりあえず謝って、粗品のひとつでも渡せばその「怒り」は静まります。

こんなまとめ記事を見つけました アスペだけど健常者の「怒り」という感...

対する幽霊は、謝って許してくれるとは限りません

未知の呪力を使って憑きまとい、精神が崩壊するまで離れないかもしれません。

人間は怒られるのが怖い

怒られると今まで積み上げてきたものすべてを崩されたような喪失感と、とてつもない悲しみに襲われます。

「頑張ってやってきたのに」「失敗するつもりはなかったのに」

怒られたところで改善するわけではないこともわかっているので、怒られることはストレスにしかなりません。

「怒り」とは、「一方的な感情の押し付け」です。

その押し付けから身を守る術として人は、「謝る」ことを考えました。

しかし幽霊に「謝る」ことは無意味で、さらなる「怒り」を生む可能性さえあります。

そのどうしようもない「感情の押し付け」に人は恐怖し、狼狽するのだと思います。

まとめ:幽霊は負の集合体

・幽霊は「怒り」から生まれる

・「怒り」は「一方的な感情の押し付け」

・「怒り」は普通「謝罪」でもって鎮まるが、幽霊の怒りは例外

つまるところ幽霊とは、人間が戒めとして象った存在してはならない「負の感情の塊」だと思います。

人が怒る理由の中には「謝れば許してもらえる」という理屈が通じないものもあります。

しかし基本的に「怒り」は誠心誠意、心からの「謝意」を見せ、言葉でもって解決できるものです。

『死んだ人間にこちらの言い分は通じないから、せめて生きた人間同士は「謝意」と「言葉」で負の感情に対処し、お互いに落ち着いて話し合いましょうね』

という昔の人の「人間らしさの追求」が幽霊の存在から垣間見えるのは僕だけでしょうか?

心霊番組をついつい観てしまうのも

「怒りという感情に囚われると、幽霊みたいに怖がられるだけの存在になってしまうんだ」

と自分を律する意味があるのかもしれませんね。


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