友達がいないってすばらしい。7年来の友人と縁切ったら人生楽しくなった |

友達がいないってすばらしい。7年来の友人と縁切ったら人生楽しくなった

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そんな友ならすてちゃえば?

このブログでもたびたび登場する友人とは、じつはこのブログを始めた頃に縁を切っていました。

とにかく偏見と嫉妬に塗れていて、自分で調べようともせずたまに調べたかと思えば

「どこで調べ方をしたらそんな結論に至るんだ」と思うようなことを言い出したり。

あっちは自分のいいたいことを愚痴ることができて楽しかったとは思いますが、

それを聞かされる僕はもう嫌気がさしていました。

彼とは高校1年からの付き合いで、最初のうちこそ一緒にふざけあって楽しかった思い出があり

僕自身友人といえば彼くらいなもので、半ば惰性で付き合っていた面もありました。

そんな折、もう一人の僕が囁きました。

「そんなやつ友人とは呼べねーよ。縁切っちゃえば?楽になるぜ?」

危ない人じゃないです 「イマジナリーフレンド」という言葉があります。...

そしてこのブログを始めるにあたって、良い機会だからもう縁を切ろうと思い

ついにLINEをブロック、着信拒否。

晴れて「ぼっち」になったわけです。

「ぼっち」になる恐怖

簡単に縁を切った風に言いましたが、実際は何度も躊躇しました。

「彼と縁を切ったらぼっちになるんだ」

ということに何度も恐怖し、これが原因でまたうつになるんじゃないかとも思いました。

実は僕は少し前まで軽いうつ病でした。 一日一食のみの日も増え、体...

しかし実際のところ、その真逆でした。

愚痴と不満を聞かされない

まずこれが一番開放された部分です。

仕事で何かあるとすぐに僕に電話してきては愚痴をこぼすのです。

どう考えても彼に非があることさえも不満を言ってきて

「お前は悪くない」と言ってほしいんだろうなということが言葉の端々から伝わってくるのが本当に不快でした。

だから僕はあえて何度も「お前が悪い」ということを伝えますが「それはわかってるんだけど・・・」と

またぐずぐずと愚痴をこぼすのです。

こんな人、あなたの周りにもいませんか?

「なんだ、俺はお前の痰壺ならぬ愚痴壺か?」

愚痴を吐かれる身にもならず、ただ傷の舐め合いを望んでいる友人なんて友人ではないと気づきました。

したいことがはっきりわかった

そんな友人もたまには僕の話も聞きたいようで、「なんか悩みないの」と聞いてくるのですが

僕はこんな友人に真剣に話したところでまともな助言は得られないと踏んでいたので、悩んでいることの半分くらいしか話しません。

そうすると僕の悩みの全体を把握したと勘違いした友人がさもわかった風に

「でもお前本当はこうしたいんでしょ?」と自身ありげに言ってくるわけです。

僕自身そういう風には思っていないことでも、そこまで自信満々に言われると「本心ではそうなんじゃないか」

思えてくるものです。

しかし縁を切って、このブログを始めて彼の助言が微塵も的を射ていないことがはっきりわかりました。

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結局彼の助言とは正反対のほうへ向かうことが、自分にとって正しい道だとわかったのです。

俺ってソリタリー

人類の進化で必要と言われる「ソリタリー」なる存在をご存知ですか?

三年ほど前の「ホンマでっか!?TV」にて片岡愛之助さんがゲスト出演し悩み相談をした回で登場した言葉です。

愛之助さんは「友達が少ない」ことを相談し、それに対し専門家たちが質問を投げかけます。

「悪口を言いますか?」-「言いません」

「噂話は好きですか?」-「いえあんまり好きではないですね」

そんな彼の回答から導き出された答えが「ソリタリー」の性質を持っているということです。

まず、そもそも悪口や噂話を好まない人間は友人が少ない傾向があるそうです。

そして歴史上、芸術肌の人間は友人と過ごす時間は有意義でないと思う部分も多いようです。

澤口俊之先生いわくソリタリーは以下のような性質があるそうです。

・友達をほしいと思わない。友達なんかほしくない

・ソリタリーは人類進化上、非常に重要な役割を持っているということが研究でわかっている

・それは、他人と同調せず、独創的な発想をして、新しいモノを見つけたりできるから

・ソリタリーは友だちがいなくても悩まない。悩み相談は必要ない

・遺伝性が高く、代々引き継がれる

・ソリタリーの性質を持つ男性に、惹かれる女性は必ず存在する。だから人類史上重要な役割を果たし、代々引き継がれてきた

『「ぼっち」の新しい呼び方?「ソリタリー」が人類進化上重要な役割を果たしてきたと澤口俊之先生が発言。ホンマでっかTVで片岡愛之助の悩み相談』より引用)

そういえばたしかに、僕の親は友達なんていなかったと言っていました。

僕の場合は確実に遺伝していることが発覚しました。

そもそも自分が友人を持たない性質を持っているとわかったら、縁を切ることは取るに足らないことだと自信を持てます。

まとめ:つまらんプライドは捨ててしまえ

・友人がいなくなると自分がわかる

これに尽きます。

結局友人と会話をすることは「価値観が凝り固まる行為」ともとれます。

友人と縁を切って、一度自分の心中を深く探る時間を設けることが人生において必要なことだと気づくことができました。

しかし、これはあくまでも「ソリタリー」の性質を持っていると実感している人だけに言えることかもしれません。

僕自身やはり悪口や噂話は好まないですし、もともと一人で映画やカラオケに興じることは多くありました。

あなたは人の悪口を言いますか? 自分は言っていないつもりでもふと...

ですから「ぼっち」になることは僕にとっては当然のことであり、

そうなることが「創作意欲の向上」「将来像の決定」に大きな影響を与えることも当然でした。

いまもし、「友人といるのが楽しくない」「一人でるほうが好き」と思いつつも

「ぼっちになるのは世間一般的にまずいことなんじゃないか」

というプライド(見栄)で好きでもない人とつるんでいるなら、そんなつまらないプライドは捨ててさっさと縁を切ってみてください。

「今より確実に楽しい人生になる」と断言はできませんが、あなたが「ソリタリー」の性質も持っていたならきっと

『開放された「本当の自分」の人生』を歩むことができるかもしれませんよ。