【人間の進化から学ぶ】嫌なことから逃げるための最善策は「同じ土俵に居続けない」こと |

【人間の進化から学ぶ】嫌なことから逃げるための最善の方法は「勝負する土俵を変える」こと

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夏休み明けの9月1日は、18歳以下のこどもが最も多く自殺する日だそうです。

他の日と比べるとなんと2.6倍

その理由はいじめや宿題などさまざまだと思われます。

こどもに限らず自殺する人のほとんどが、「嫌なことから逃げたい」という願望が強すぎるあまり「死」を選んでしまうのだと思います。

僕もそうでした。

一銭も援助できないくせに「大学へ行け」という親の重圧。

自分のやりたいこととの葛藤。

そんな悶々とした日々から開放されたいと、何度自殺を夢見たことか。

しかし、死ぬ勇気もなかった僕は結局いまこうして、好きなことを見つけてそれでもまだ「楽しい」と思える毎日を過ごすことができています。

そうしていま生きていることは「嫌なことから逃げたから」だとも思うのです。

僕の場合は逃げた結果、結局同じところへ戻ってきたわけですがまず「逃げる」ことをしなければあのとき死んでいたかもしれません。

具体的に話していきましょう。

大学休学復学

これまでの記事や前項で書いたとおり、僕は親の援助がない状態で大学、一人暮らしをしなければならない状態になりました。

いま追い続けている夢を叶えたい理由 いま、あなたが追い続けている夢は...

大学についての勘違いや週5日のアルバイトとの両立に押しつぶされ、当初は退学しようとさえ思っていました。

しかし退学には親の署名と、親の印が必要になるので親に相談するわけですが当然反対。

結局「休学」することに落ち着きました。

休学中にも何度も死のうと思いました。

いきなり死ぬことができなくとも、失踪して餓死でもしてやろうとも考えていました。

そのころブッダの教えに出会って、「この世はすべて苦しいもの、どうしようもできないものなのだ」ということを知りました。

僕を救ったブッダの教え 先日記事にも書きましたとおり、ぼくは一時期う...

それから本当にしたいことについて考え、ブログや執筆活動をはじめ

この活動には大学の、文学部の勉強が役に立つだろうと思い「復学」を決心しました。

つまり僕は大学から「逃げた」わけです。

逃げた結果、やりたいことを定めることができ新たな心持で大学に行くことができるようになったのです。

金銭的な面も休学する前より楽にやれる状態が整ったので、なおさら逃げてよかったと思っています。

人間の進化

僕たち人類は、どのようにして今の高度文明を築くに至ったかご存知ですか?

これには諸説ありますが、今回はひとつの説を取り上げることにします。

 

人類の祖先は他の近しい種に比べてそれはもう非力なものでした。

握力も弱く、このまま森の中で暮らしていたらいつか確実に殺されてしまいます。

そこで彼ら力の強い種とは異なる方向へ進化することを選びました。

それが「知力を高めて平地で生活する」進化です。

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いままでは森林で、運動能力を高めることが生きる唯一の術でしたから、これは当時の常識を覆す、目覚しい進歩・進化となります。

その後平地に出た旧人類は、二足歩行になり道具を使いさらなる子孫繁栄に尽力しました。

結果、今の僕たちとさほど変わらないところまで進化することができました。

無理だと思ったら別の方法を探す

いつまでも森林にいたところで、自分より力の強いやつに勝つことはできません。

腕っ節の強いやつがいじめてくるなら、そいつに喧嘩で勝つことはとうてい叶わないでしょう。

それなら頭を働かせて、どうにかして勝つ方法を探りましょう。

「BIRDMEN」という漫画の主人公はいじめっ子から逃げた末、自殺したように見せかけることに成功します。

ここまで上手くやるのは難しいかもしれませんが、力で勝てないなら頭で勝つしかありません。

その逆も然りです。

どれだけ踏みにじられても、地に足さえついていれば何度だって立ち上がることができます。

あなたが立ち上がることを諦めてしまったら、いじめっ子の勝ちです。

たしかにあなたが自殺することで、いじめっ子は「負け」たことになるかもしれません。

でも負けて悔しがるいじめっ子の顔を見ることができないのは心残りじゃありませんか。

それなら生きて、負かしてやって「ぐぬぬ」とほえ面かく顔を拝んでやりましょう。

いじめっ子の前で「ドヤ顔」するあなたを見てさらに悔しがることでしょう。

僕の場合、夏休みの宿題を一切やらずに「死にたい」と馬鹿なことを思っていました。

なんとなく怒られたような記憶はありますが結局やらずじまいで、今に来ている気がします。

宿題なんてやらなくても生きていけるんです。

怒られるのは死ぬより嫌ですが、死んでゲームや友達と遊ぶことがなにもできなくなってしまうよりましではありませんか?

来年発売するあのゲームをやらずに死ねますか。

友達となんでもない会話をこれからもしたいとは思いませんか。

たとえ怒られても「オレ結局夏休みの宿題やってねー!」「まじかよ!勇者だなおまえ!」なんて笑い話にしてしまったほうが楽しくないですか。

まとめ:どうか怒らないでください

結論から申しますと、 怒りは無意味です。 怒っても人は変わ...

最近はそれでも「行きたくないなら行かなくていい」という親も増えているようですが、まだ不登校についての理解は得られていないようにも感じます。

とかく子供の社会においても「失敗してはいけない」風潮がある気がします。

一度でも宿題を忘れたらこっぴどく叱られ、学校は毎日必ず行かなくてはいけないと指導され、いじめられるなど言語道断「うちの子に限ってあるはずがない」と諭され・・・。

好きでもないことをやらされることは大人になっても抵抗があるものです。

大人でさえ「我慢しないと」できないことを子供ができるでしょうか。

勉強だけやらせればいい、というのはもう前時代的だと思います。

宿題をやりたくないなら他に好きなこと、やりたいことを見つけさせそれに集中させることは悪いことでしょうか。

もちろん宿題や勉強をやる意味について教えてあげ「嫌いじゃない」という状態にさせてあげるのも親や教師の役目だと思います。

いじめについても「相談できない」状態にさせていることも原因だと思います。

相談すれば解決するというものでもありませんが、まず相談して「自殺」以外の選択肢を示してあげることが肝要だと思います。