本当にやりたいことを見つけたいなら小学生時代に立ち返ればいいと気づいた話 |

本当にやりたいことを見つけたいなら小学生の自分を思い出せばいいと気づいた話

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僕の将来像

あなたの夢はいつ夢になりましたか?

高校生のころ?

大学生のころ?

僕の夢、いや夢というのはいまや抽象的過ぎますね。

僕の「将来像」は小学生の時まで遡って考えてみると、こうなることは必然だったように感じるんです。

非常にふわふわしたタイトルとここまででは、何が言いたいのかわからないとお思いでしょう。

つまるところ僕は、

「自分の将来像は小学生の時に決定付けられているのではないか」

ということを言いたいわけです。

小学生時代というのは本当に様々なことについて決定付ける、重要な時期だとつくづく思います。

本題に入る前に、僕がいまこうしてブログを続け小説の執筆にも挑戦していることが必然だったと感じる所以について聞いてください。

小学生時代

今思い返すと僕が小学生の時いちばん好きだったことは「読書」でした。

小説、漫画問わず「字を読む」ことが、ゲームと同じくらいに好きでした。

中学生時代

中二のとき友人から借りた電子辞書に入っていた、芥川龍之介の「羅生門」や梶井基次郎の「檸檬」を読んで、

今まで読んでいた所謂「児童文学」とは一線も二線も画す文章や物語性に衝撃を受けたことが今でも記憶に残っています。

高校生時代

高二の頃、「新潮文庫ブーム」が訪れます。

重松清を中心に、「向日葵の咲かない夏」や「ボトルネック」などのどんでん返しものにもはまりました。

ギターにはまってしまった

ここまで「本」について触れてきたのに、高校に入ってすぐギターに手を出してしまった所為で僕の夢はあちらこちらへとぶれていきます。

あるときは押尾コータローのようなソロギタリスト、またあるときはBUMP OF CHICKENのようなバンドマンを志し、

大学に入って「DTM」というジャンルを知り、Cubaseやらなんやらに手を出すも音楽理論がてんでだめであえなく撃沈。

そうして「自分には何の才能もないんじゃないか」とうつになり、大学を休学し陰鬱とした日々をすごします。

教師の夢も破れる

加えて、人にものを教えるということも高校のときに好きになりました。

しかしこれは結局自分のためではなく親や教師を喜ばせるためだけの「好き」だと気づいてこれも断念。

(詳しくはこちらの記事にて)

いま追い続けている夢を叶えたい理由 いま、あなたが追い続けている夢は...

小学生時代を振り返ってみた

そんな日々の中でもまだ「いや自分には必ず何かしらの才能があるはずだ」と「夢を見つける方法」などと検索をしては実践してみることを繰り返していました。

あるときふと見かけた記事で「小学生時代にやっていたことを振り返る」という夢の見つけ方がありました。

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正直半信半疑でした。

「小学生時代のことなんて高校にあがったときにはもう何の役にも立ってなかった」と思っていたからです。

だってただ「本を読むこと」が好きなだけですから、何の役にもたたないと思ったんです。

「あれ?意外と才能あるんじゃね?」

振り返ってみるとなるほど確かに、「読書」という変わらず好きなことは見つかりました。

ではこれをどのように将来の夢につなげるのか。

考えると「読むこと」に加えて「書くこと」も得意なことに気づきました。

そうしてやっとこんな具合にブログを続け、執筆ということを軸にした仕事を見つけようとしています。

高校で見つけた夢を叶えることは難しいかも

僕が思ったことはこれに尽きます。

もちろん高校からギターを始めて一流のアーティストになった方もいますし、それ以外にだって高校で見つけた夢を叶えている人は大勢いることでしょう。

でもいま、叶えようとしている夢がどうもうまくいかないという方は一度立ち止まって考えてみてください。

「これ以外になにか自分が、もっと昔から好きだったことはないか」

そうして考え出たものについて

「この好きなものを活かす方法はなにがあるか」

を思案してみてください。

自分にとっての当たり前を探す

僕にとって「文章を書くこと」はできて当たり前のことでした。

だから余計に、その才能があることに気づかなかったのです。

しかしこれは小学生時代から変わらず「読書」をしてきたおかげで、もししてこなければここまでの文章能力は養えなかったわけで

「他人にとっての当たり前ではない」はずなんです。

上を見ず下を見ず、過去を見る

そりゃあ僕より文章能力に長けた人はいくらでもいますし、僕よりはるかに稚拙な文章しか書けない人もいます。

でもこれは、「才能がある」「才能がない」という指標にはならないと思うんです。

過去を見て、ずっと好きでいること、ずっと続けていることがあればそれはもう「才能がある」ことではないかと思うのです。

好きでいる。続けられている。これはもう、ひとつの「才能」です。

まとめ

・小学生時代の「好き」を見つける

・その「好き」を活かせる方法を探す

・自分の中の「当たり前」を探す

これが本当にしたいこと、自分の将来像を見つける最善策だと思います。

そうして見つけた夢を親に反対されるなら、こちらの記事にも目を通してみてください。